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もかもかニュースキュレーション

SNSから気になったNEWSや初心者株ディーラ奮闘記とか

カメラから色々なことがわかる。 -知識を広げていく方法-

うんちく話・知恵袋 日常のできごと

ひと昔、「うんちく王」という言葉が流行りましたね(かなり前。。。くりーむしちゅーの上田さんのうんちく(特に、あの早口でよどみない)の語りは驚異的で憧れ)

 

私も、うんちくという雑学が大好き。 今では教科書には載ってない方の知識のほうが多いかも笑

一つのことを知ると、それに関連することをアメーバが増殖するように知識を集める作業をしてしまう。癖なのかもしれない。いや、職業病なのかも・・・。

元IT業界に長年いたのでインターネットに触れるのも早かったし、一番はぐーぐる先生の登場とウィキペディアの登場が大きいですね。

子供の頃、某ブリタニカ百科事典を与えられたけど「宇宙」関連のとこしか見なかった気が・・・(決して裕福な家ではなかったのですが・・・ごめんなさい)

いまや、ウィキペディアブリタニア百科事典の何倍の情報量なんでしょうね

(こう書いた瞬間に、調べたくなってしまう性分です笑)

 

 今は、DVDなんですね(確かに、本棚が邪魔だった)

 こんな感じでした

f:id:mokamokanews:20170130153225j:plain

 

雑学好きになると、やっている人はウィキペディアに「おまかせ表示」というのがあり、ランダムに表示される項目を眺めては興味があれば覚えてしまう(変人と言われたらそうかも。。)

 

本題に戻すと、週末に倉庫の片づけを手伝っていたら、古びたCAMERA(写真機)が出て来ました

f:id:mokamokanews:20170130153950j:plain

 

ボロボロですね笑

最近は、スマートフォンでしか写真は撮らないので、見つけたときは「スゴイ」と思いました。CAMERAといっても、デジカメ世代ですからね(最近は、また一眼レフが流行っているみたいですね)

 

本体:NIPPON KOGAKU TOKYO 60910249

レンズ:NIKKOR-S・C 1:1.4 f=5cm NIPPON KOGAKU JAPAN No.324492

 

レンズ上にはNikonと書いてありますが、「NIPPON KOGAKU TOKYO」??

このCAMERAの操作方法や状態よりも、どこのメーカー、いつ頃に作られたという探究心の方が勝っていろいろと調べてみました

 

NIPPON KOGAKU TOKYOは、「日本光學工業株式會社」でした(後に、Nikonニコン)に改称(1988年))

東京計器製作所・岩城硝子製造所・藤井レンズ製造所を合併して、1917年に海軍向けの光学兵器を開発するために作られた会社のようです。あの戦艦大和の巨大な測距儀(傾斜角度で距離を測定する機械です)も作成したのはこの会社だそう(←こういう尾ひれのような知識が好き)

 

戦後、民生品への転換をしてCAMERA開発に進む

しかし、当然、戦後なので国内では高級品で売れずに駐留向けや海外に輸出してましたが、サイズが当時のスタンダードな規格と違い「ニホン判」と呼ばれ不評だったらしい。

そこで、スタンダードな規格に合わせた「S型」を開発して日本でも1950年12月から発売を開始しました。

このとき、発売されたS型こそ今回発掘されたボロボロCAMERAなんです

約67年前の高級CAMERAでした

(普通ならここで終わってしまうのですが、古ければ高級というわけではない理由を知りたくありませんか?笑)

戦後間もない1950年です。日本製品(家電や車)が海外に評価されるのは、もう少しあとです。「Made in Japan」は「安かろう、悪かろう」と言われた時代です。

 

ここで登場する2人の写真家、三木淳さんとデイビット・ダンカンさん。

2人とも、タイム・ライフ社(現タイム・ワーナー)のカメラマンでした。 三木淳は、このあとニコンを世界に広めることになるのですが、日本で報道カメラマンの先駆けとなった方で有名なのはあの「葉巻をくわえた吉田茂」の写真が有名です

 

 この2人がコーヒーを飲んでいたときに、三木さんがS型とニッコールNIKKOR:レンズ)でダンカンさんを撮りました。 そのときのダンカンさんの態度は、ご想像にお任せします(このときはCAMERAと言えばドイツ製の「ライカ」)

その後、フィルムを引き伸ばして(「現像」という処理です。今のデジタル世代には説明が難しすぎる・・・。まぁ、プリンターから印刷したと思ってください)

三木さんがダンカンさんに見せたところ、ダンカンさんは驚き(愛用機:ライカ)、三木さんはダンカンさんを東京都大井にある日本光学に案内して、出迎えた社長自ら会社内を案内したそうです(どこかで見た光景ですね。下町ロケットの佃製作所に財前部長が来たときのシーンそのものですね(吉川 晃司さんかっこいいですよね))

ダンカンさんは性能の良さに惚れこみ、その場で買い込んだそうです

 

下町ロケット

下町ロケット

 

その年の1950年6月に朝鮮戦争が勃発して東京タイム・ライフ支社から報道カメラマン達が現地に向かい毎日のように送ってきては、ニューヨーク本社へと送られました。

本社から「写真がいつもより大変シャープだが?なにを使って撮っている」と問い合わせがあり、ダンカンさんから日本の日本光學のニコンSとニッコールと答えました。

そのことは、ニューヨークタイムズ紙に報じられることになり、他のカメラマン達も競うようにニコンSとニッコールを買い求め、確固たる地位を築くことになる。

世界の「Made in Japan」のはじまりです(写真にも写ってますがカメラの周りに本革のカメラケースがありますが、しっかりとMade in Japanとあります)

 

さすが、ゼロ戦を作った日本の技術力を感じました。

海外の企業をM&A(買収)して事業の柱にしようとして、過去の世界に誇った栄光の技術力部門を切り売りしてる老舗企業がありますが残念ですね。。

 

ちなみに、これだけ貴重なアンティークなら価値がありそうと思われると思いますが

某オークションで調べたところ、箱や説明書、保存状態が良好でないと価値はないそうです(涙)

 

 

きれいに磨いて、棚に飾ってアンティークにしようと思います♪